music.apple.comgroup_inouの新作、「HAPPY」を聴いた。
個人的には"活動休止していたアーティストの復帰作"というと、目新しさもなく期待を超える事もなく老いだけを感じさせるような、「ああ、この人はもう俺の中で思い出になっちゃったんだな」と思わせるようなもの、という印象があった。「HAPPY」もソレなのではないかという不安があり(ハマっていただけにその不安はデカい!)、リリースからしばらくして、先ほど(2024年3月10日昼)意を決して自室のスピーカーの前に座って聴いた。
(ちなみにいつもは通勤中にイヤホンで音楽を聴いているため、この聴き方は気合いが入っている事の表れ)
聴いて、まず、不安は杞憂だったし、安心どころか期待を超えてきて感動した。
前作までの作風というか、ユニークさと切なさの絶妙なバランスという彼ららしさは保ちつつ、新しい表現方法も散りばめられており、れっきとした「group_inouの新譜」だった。
1.ON
「_」〜「DAY」あたりを思い出させるような音色と共に耳に入る「スイッチオン」の声。再生して初めて耳に入る言葉が「スイッチオン」という粋な計らい。OFFだったものがONに、0が1になる瞬間を迎えられること、こんなありがたいことって、なかなかないね。
ELECTRIBE独特の音色に乗るcpの歌っているような歌っていないような声、これだよこれ!group_inouが帰ってきた!
相変わらず情景が見えるような見えないような、カットアップ的な味わいもある絶妙な歌詞。
最近ラップを聴くようになったからか歌詞の押韻に対して敏感になったのだが、「バイブス」「怪物」、「栽培」「どうだい?」で韻を踏んでいるのが気持ち良い。以前inouにハマってた頃はそこまで韻に対して敏感ではなかったので、改めて過去作も聴き返してみたいな。
「畳まれた新聞紙 もう用が無いのかも」のセクションは流石のimai節というか、ブルーノートを織り交ぜたフレーズが特徴の、泣きのトラックが炸裂している。このトラックが一見意味不明なcpの歌詞にも説得力を与えている…というのがinouの魅力だと思っているが、この部分でも「俺ってもうこの新聞紙と同じかもしれんな…」と新聞紙に感情移入させられてしまった。もちろん彼らがそれを意図しているかは分からないが。
後半はCメロ→Dメロ→Eメロ、のように新しい展開を重ねながら盛り上がっていく。絶頂の後にそれを超える絶頂があるような、カタルシスの連続に度肝を抜かれた。
「大気圏 飛び越えてく 向上心」という歌詞もあってか、過去作の繰り返しではなく新しいものを見せつけていく、という彼らの気概さえ感じる。
「旺盛なビラ〜」という謎の歌詞と共に迎える泣きのフィナーレ。何故か泣ける。imaiのトラックのドラマチックさには本当に感服する。ニコニコ動画に「謎の感動」なんてタグがあったが、group_inouはその概念に限りなく近い(よく考えてみるとそこまで謎でもないが…)。
アウトロは「COMING OUT」のオマージュだろうか?頭の音が似ていたため、懐かしい気持ちになってしまった。考えすぎだろうか…。
2.HAPPY
トラックは「MAP」的なフワフワ感と「_」的な泣きのコードワークが特徴。
そしてcpの歌がいつにも増してメロディックに聞こえる。Aメロなんかはいつもならメロディを付けずにラップっぽく歌いそうなところだが、コードにうまいこと歌メロとしてハマっている。
また、サビではファルセットが印象的。inouの曲でここまでファルセットを強調したものは今まであっただろうか?あったらごめんなさい。
全体的に歌メロが美しいという、新しい路線のinouという印象を受けた。
だからと言ってThe歌モノという感じではなく、彼らが持つ独特のラフさも健在しており、ここまでの2曲が聴けただけでも彼らは現在進行形のアーティストなのだと思えた。
サビの「ハッピーな人はゆらりゆらり誰と踊る/ハッピーな人がゆらりゆらり君と踊る」の繰り返しが最後には「ハッピーな人が途切れて」に変化し、曲が終わりに向かっていくのが、ビターで切ない。
3.HAPPENING
昨年突然先行リリースされたシングル曲。
スケベめな歌詞の曲は以前もあったけど、これはまたちょっと違う表現をしてきたなと。「どシコい合戦」「土下座に 丸飲み」とか、インターネット感がある。でもcpってそういう文化に精通してるんだろうか…。わからん。俺の性癖が変なだけ?
あと「暴れん坊のコギャル猫」みたいなかけ離れた言葉の組み合わせとか「優れた欠点」みたいな逆の言葉の組み合わせってフックになっていいよね。
youtu.beAC部によるMV。縦長で延々とスクロールしていく漫画という斬新な作り。
楽曲とマッチしたシュールさと躍動感が素敵。
4.SKETCH
上物のフワフワ感が「MAP」っぽいし、記憶の中の風景に思いを馳せるような歌詞も同じく「MAP」、特に「VERANDA」「BLUE」「MANSION」あたりを思い出させる。
ただ、何と言ってもドラムにブレイクビーツを取り入れているのが新鮮。彼らのイビツさのバラエティが増えたという感じで、1ファンとして喜ばしい。この先もビレイクビーツやサンプラーを用いて曲を作るとしたら…と考えるととてもワクワクする。あとライブではどう再現するのか気になる。
終盤で「輪廻転生」というワードが出てくるが、「JUDGE」でも同じワードが出てくるあたりcpにとって何かのキーワードなんだろうか…。
5.FANTASY
冒頭のシンセのウニョウニョした音作りが新鮮。この曲は全体的に今風の音作りになっている気がする。
「校庭に浮かぶ 校舎はまるで〜」のセクションの不安定さが、他のセクションの長調感との対比を生み出していて見事。ここも半音階の使い方がimai節という感じ。
歌詞からは小学生の頃国語で習った「くじらぐも」を連想してしまった。というかその教科書に描いてあった挿絵。空にくじらって事で。
で、ノスタルジアや子供のイマジネーションがテーマかと思いきや「夢見る心は いつの間に」や「DNAは君の中」など、"大人から見た子供"的な視点も入っている。アーティストは年を重ねると親視点の歌詞を書いたりするが、そういう感じだろうか?cpの私生活についてはあまり存じ上げないので何とも言えないが…。
6.MESSAGE
前曲から一転、シリアスで暗めなイントロから始まる。以前の彼らの曲には無かったような温度感に少しびっくり。
そこに乗るcpの歌もラップのようなフロウで、これもまた新鮮。ラップ調の歌は以前もあったが、ここまでヒップホップに接近したフロウで歌っているのは初めてではないだろうか。「一糸まとわぬ姿に変形/"朝一" "オレンジ" おいしい味は"美味"/記憶に"霞" 心の"闇"/虹色 輝き "レインボー"/ロシアの前のソビエト"連邦"から続く/UVB-76 謎の短波放送」といった具合に韻を強調するような抑揚と間の使い方が非常にラップ的。
トラックの温度感も相まって、彼らの新境地という印象を受けた。group_inou、ここに到達したか…!と。ただ、言葉選びや合いの手のユーモアによって彼ららしさは保たれているという絶妙なバランス。
で、メロディックな歌に切り替わり、「猫撫で声のネズミでも/チャレンジしてみたいんです」と続く。「猫撫で声のネズミ」も先述したような逆の言葉の組み合わせだが、自己矛盾を抱えた存在、と捉えて感情移入してしまった。矛盾を抱えながらも挑戦したい、という意味のラインなんじゃないか…と考えて熱くなってしまったが、俺の勝手な解釈なので皆さんには無視していただきたい。
味噌田楽のくだりはシンプルに大好き。「この世で一番強い食べ物」ってどういう話題?ってツッコみたくなるし。このツッコミ不在な感じが彼らの魅力の一つだなと再認識。
その感じで散らかした言葉を回収するのが「MESSAGE」という曲名なんじゃないかと思う。「チャレンジしてみたいんです」も「味噌田楽だと思う」も「好きな気持ち」も「君は嘘を つかないでいいよ」も、一見バラバラのように見えて全部MESSAGE、伝えたい事なのではないかと。世間の一方では求められ、もう一方では拒絶されるメッセージ性というものに対する彼らの姿勢を、俺はこの曲に見た。とは言ってもこれも俺の勝手な解釈なので皆さんには無視していただきたい。
ただ、
「好きな気持ちを 歌にして返す」
「歌にしたいくらい素敵」
「恥ずかしそう お静かに/夢を語るね」
「君は嘘を つかないでいいよと/伝えて」
いずれも、言葉にして表現することについて説いているように思える。
シリアスなトラックに乗せてこれらのフレーズを投げかけられると、そう思わずにはいられなかった。
…以上。
随所に新たな試みがあったし、これからのgroup_inouが素直に楽しみ。
そして復活してくれてありがとう。本当に。心から。
久しぶりにinou聴いた上にメンバーの情報もしばらく入れてなかったので間違いがあったら申し訳ない。その際は指摘していただけると嬉しい。
ではまた。